「うちは揉めるほどの財産はない」。相続トラブルの現場で、最も頻繁に聞かれる言葉です。しかし、家庭裁判所の司法統計によれば、遺産分割調停のうち遺産総額1000万円以下のケースが全体の約3割、5000万円以下が約7割を占めます。生前対策は、資産家だけの課題ではありません。
第一の準備: 財産の棚卸し
すべての対策は、現状把握から始まります。預貯金・不動産・有価証券・保険・負債・デジタル資産まで含めて、財産目録を作成します。どこにどれだけの資産があるかが家族に共有されていないまま相続が発生すると、相続人は暗中模索で財産調査から始めることになります。
第二の準備: 遺言書の作成
遺言書の有無が、相続の行方を決定的に左右します。遺言書があれば、法定相続分とは異なる分配が可能となり、かつ相続人全員の合意を得ずとも遺産分割を進められます。信頼性を最優先するのであれば、公正証書遺言を選びます。手軽さを求めるのであれば、法務局の自筆証書遺言書保管制度を併用した自筆証書遺言が現実的な選択です。
第三の準備: 生前贈与の計画的活用
生前贈与は、相続財産を減らすと同時に、受贈者に資産を早く渡せる方法です。暦年贈与では年110万円までが基礎控除の範囲となり、非課税で贈与できます。ただし、2024年以降、相続開始前7年以内の贈与は相続財産に持ち戻されるルールに段階的に移行しています。
第四の準備: 家族信託
家族信託は、認知症対策と相続対策を同時に実現できる仕組みです。財産を信頼できる家族に託し、管理・処分の権限を移しつつ、利益は本人が受け取る形をとれます。従来の成年後見制度では実現しづらい柔軟な設計が可能です。
第五の準備: 任意後見契約
判断能力が健在なうちに、将来の後見人を自分で選んでおく制度が任意後見契約です。公正証書で契約を締結し、実際に判断能力が低下した段階で家庭裁判所に申し立てを行い、任意後見監督人が選任されると契約が発効します。家族信託と任意後見契約は、財産管理と身上監護の両輪として組み合わせるのが王道です。
第六の準備: 生命保険の活用
生命保険金は、原則として受取人固有の財産となり、遺産分割の対象外です。また、法定相続人1人あたり500万円の非課税枠があります。特定の相続人に確実に現金を残したい場合、代償分割の原資を確保したい場合などに有効です。
第七の準備: 対話
技術的な準備をすべて整えても、家族間の対話がなければ、感情的な対立は防げません。遺言書を作成したこと、その背景にある考えを生前に言葉にして共有しておくことが、最も地味で、最も効果の高い対策です。
相続対策は、税金を減らすテクニックではありません。残された家族が静かに新しい日々を始められるようにするための、愛情の形式化です。
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